数年前に1泊2日で長崎市を訪問しました。
歴史ある市内の定番コースは充分満喫できます。
外出を控えざるを得ないので現地に行った気分になってくださいませ。
~大浦天主堂~
江戸末期に建てられた教会。明治12(1879)年に改装し、現存する木造ゴシック様式の教会の中では最古の教会です。国宝でもあり世界遺産にも登録された重要文化財です。
あまりにも綺麗だったので夜、再訪してしまいました。
~グラバー園~
文久3(1863)年に建てられた現存する日本最古の木造洋風建築。
・・・敷地が広く疲れるので見学をする際は歩く歩道やエスカレーターを利用ください。・・・
ちなみにグラバーは商人でお茶や絹、海産物などを扱っていたが、のちに武器や艦船を斡旋し武器商人としても活躍した方のようです。
建物と庭園以外の楽しみとして園内に3か所のハートストンがありますので、お見逃しなく。(後程、ご紹介します眼鏡橋付近にも20前後のハートストーンがございます・・・)
長崎港には多くの大型客船が停泊します。この時はサファイアプリンセス号でした。(グラバー園から撮影)
~オランダ坂~
かつて長崎の人は東洋人以外の外国人を「オランダさん」と呼んでいたため、そのオランダさんが暮らした居留地の坂は全て「オランダ坂」と呼んでいました。
眼鏡橋
興福寺の2代目住職、中国江西省出身の黙子如定禅師が架けたと伝わる現存最古のアーチ型石橋です。
~茶碗蒸しと蒸し寿司セットの昼食~
地元出身の大物アーティストがおすすめをしていたので実食。美味でした。
昭和2年建造の建物は、歴史を感じます。入店したら下足札をカ~ンと鳴らして出迎えをしていただけます。(その後、東京の銀座8丁目に支店があり何度か行きました)
~坂本龍馬ゆかりの地~
坂本龍馬といえば高知県では?なぜ長崎県?と思われますよね?実は早くから開港をしていた長崎で商いをおこなっており亀山社中(日本初のカンパニー)を設立し、およそ2年間、長崎に滞在。その間、海運業をおこなうかたわら、薩長同盟を仲介し日本を大政奉還へと導きました。最寄り市電駅からは、長い坂道をあがるので非常に息があがります。
~新地中華街~
横浜、神戸と並ぶ日本三大中華街の一つで、およそ100m四方の十字路に約30店舗が軒を連ねており横浜中華街を縮小したイメージです。閉店時間が全体的に早めなので、遅くに訪問するのであれば営業時間を調べて訪れた方が良いかとおもいます。ここで「ちゃんぽん」デビューをしました。
~稲佐山~
近年は「世界新三大夜景」に認定された長崎の夜景。稲佐山から見る夜景は一番有名なスポットです。ご自身で展望台にいくことができますが、主要ホテルからの送迎付きバスツアーで参加する方法があるので便利です。残念ながらあいにくの雨で、屋内からの撮影でした。
天候が良ければ、このような綺麗な夜景をお楽しみいただくことができます。もう一つの対岸から稲佐山をうつした写真は、展望台に飾られていたモノでして、写真好きな地元出身の大物アーティストが撮影したものです。
~軍艦島(端島)~
大浦天主堂同様に世界遺産であり世界でもっとも有名な廃墟の人口島でして、ここは訪れるべき場所です。コンクリートで塗り固められた島影が軍艦土佐に似ていることから「軍艦島」の名がつきました。岩礁にしかすぎなかったこの島で石炭が発見され明治23(1890)年に三菱が買収をして炭鉱の町となった。その後は小さな島は、またたく間に変貌を遂げ周囲1.2キロの島内にプール、学校、パチンコ店、映画館などの娯楽施設もあり最盛期には5300人が住んでいました。炭鉱が閉山した昭和49(1974)年からは無人島となりました。廃墟と化し崩壊していく光景を目の当たりにすると何ともいえない無常観になります。
大正5(1916)年築、日本最古の鉄筋コンクリート造りのアパート
海上から撮影
ツアーは前日までに申し込みをされた方がよいと思います。ツアー会社がいくつかあり上陸しないツアーもあるのでご注意ください。あと乗船しましたら進行方向右側の椅子に着席をしてください。軍艦島は進行方向右側にみえてきますので。(私は左側に座り失敗しました)
~平和公園~
平和祈念像
天高く指す右手は原爆の脅威を水平にのばした左手は世界平和をあらわし軽く閉じた目は原爆犠牲者の冥福をお祈りしているとのことです。
原爆落下中心地
その他園内には原爆資料館や追悼平和祈念館などがございます。
~浦上天主堂~
キリスト教の禁制が解かれ信仰の自由を得た人々が30年の歳月を費やし大正14(1925)年に完成させた。原爆で破壊されたが昭和34(1959)年に再建した。
次は島原、ハウステンボスや離島に行ってみたいです。
よしかわ